7月31日

暑くてなかなかおきられず。

枕元にあるケージのなかのチンクを確認。ハフーハフ−と大きく息をしているものの、生きている。ヨカッタ。
話しかけてみると何やらもぞもぞ動き出した。昨夜のナスはなくなってる。レーズンも半分くらいになっていた。

また昨日のように水をのませてやろうと、バナナ水入れを外して顔に近づけてみた。すると、水を飲もうとはせずに水入れのにおいを盛んに嗅ぐ。その探るような鼻先がだんだん上に伸びてきて、やにわに私の指にかみついた。びっくりして、水入れをひっくり返してしまう。何が何だかわからなくて攻撃したんだろう。

フンチは小さく先細り。パワーがない。
ティッシュを追加し、ケージを床の上に置いて外出。エアコンの温度は27度に。

帰宅は19時05分くらい。玄関を開けると室内の冷気が心地よい。
チンクのケージに駆け寄って見ると、おしっこ箱に体をよじり入れたまま、例の荒い呼吸をしている。おしっこ箱の蓋は、中で動いたせいなのか少しずれている。エアコンが寒いのかと思い、ケージをベッドの上に乗せる。
朝方のようにかじられたらイヤだなと、おそるおそるおしっこ箱のふたを外すと、チンクは意外にもおとなしい。薄目を開けてこっちを見やる仕草。ひんやりした下腹に左手を差し込んで、上から右手で包むように持ち上げた。
もうこの体の冷たさ加減にも慣れてしまった。ぷるぷる震えながらもチンクは目を開いた。

少しは体が暖まるだろうと、毛布の上に寝かせてみると、周りのにおいに興味があるのか鼻をひくつかせ、さらに調べものをしようと動き回る。目ははっきり開いている。
ケージの方を点検すると、食べ物ののこり具合は朝方と変わりなし。しかし、元気があるようなのでナスと枝豆をやろうと、一旦チンクをケージに戻して台所へ向かう。台所から戻ると、ティッシュだらけのケージの中でうぞうぞ動き回っている。ナスと枝豆を向けてみたが、どちらも「いらない」と顔をさりげなく逸らした。食欲はないみたいだ。

それでも、ケージの壁に手を添えて立ち上がろうとしたり、おしっこ箱の上によじ登ろうとしたりと、活発そう。しかし意識はモーローとしているようだ。目つき、顔つきに、大事なものが抜け落ちて見える。
自分でも正体の判らない何物かに、導かれ励まされて、一心に何かを求めている。憑かれたように、熱にうかされたように、ごそごそ動き回っている。

しばらく好きにさせておこう、と目をケージからそらそうとした瞬間。

後ろ足だけで立ちあがろうとしたものか、四肢に力を込めた。その途端バランスを崩して、体が半回転しのけぞった。

普段は決してあり得ない身体の動き。体がエビ反って、そのまま横向きに倒れた。どさって大きな音がして倒れた。すごいヤバイって分かった。急いでケージに手をつっこんでチンクを取り出した。体は強ばってるかと思いきや、拍子抜けするほどくにゃりとしている。水に漬けた棒寒天みたいに柔らかくて、中に力がなかった。そのまま、ベッドの上に寝かせた。

口から、白っぽい桃色の血が泡になって出た。ピンク色のシーツに少ししみになった。鼻からも桃色の泡が出てくる。ティッシュで拭っても拭っても、ぐずぐずと小さな音を立てて出てくる。おしっこは出てこない。 ティッシュがあっという間に血でぐっしょりになってしまう気がして(本当はトータルで10ccだって出ていないはずだけど)、何枚もティッシュを取り替えて口や鼻を押さえた。

その時「酸素を吸わせてみよう」と思いついて、玄関に走った(注・登山や運動時用のスプレー式の携帯酸素の缶が、玄関にあるのです)。まだ少しは残っていたはず。試し押しをして、マスクをチンクの上にあてがう。酸素出てるかな? 出てるみたいだ。ボタンを押すたび、酸素が気付けになるのか、体をのけぞらせたり、じたばたしようとする。酸素は逆効果かも。酸素はやめだ。

チンクを仰向けにティッシュにくるんで、私の顔の正面へ持ってきてフーっと息を吹きかけてみよう。人工呼吸のつもりで。 息を吹きかけようと構えた途端、チンクの鼻の穴と口からジュクジュク桃色の泡が吹き出してきた。私の顔まで水鉄砲みたいに泡が飛んでくるように感じて、一瞬目をつぶってしまう。

出血はほんの少しのはずなのに、止めどなく大量に出てくる気がする。アーこりゃダメだ。

両手のひらの中に仰向けのチンクを包み込んで様子を見る。もう呼吸は荒くない。お腹もちょっとしか動かない。

鼻血が止むと、カァーッと口を大きく開いて、音にならない音を出して狭い間から押し出すように空気が漏れてきた。

ハムのあくびの時の大口開けは、ハムを飼っている人にとって驚嘆と苦笑を持って眺めることのできる興味深い仕草だが、これはそれとは全然ちがう。あくびの時は口が横に開いて頬袋の内側が表に出て見えるけれど、これは縦に開くんだ。ハムの舌がこんなに大きいなんて思わなかった。桃色で濡れて光っている。柔らかくておいしそうだ。

空気がほしいのに、入ってこないのか。カァーって、口を何遍も開く。

開いては休み、開いては休み。その間隔がだんだん間遠になっていく。

チンクの体は少し温かくなったみたいだ。私の手の温度が伝ったのかも。

目は相変わらず丸く太ったスイカの種みたいに、濡れて見開いている。しかし焦点が合っていないのが、わかる。モヤモヤと薄ねずみ色の世界が広がっているに違いない。

絞り出すように、貪るように空気の出し入れをする音が聞こえる。閉じた口からはまた時折、薄桃色の泡が洩れる。

でもそのうちそれも止んだ。

ときどき思い出したように、手足がピクンと動く。それを見ると、とくに意味はないのに親指と人差し指の腹で肉球をキュルキュルと揉んでみる。

白くてピロピロのしわを揺らして、お腹が少し動いたようだ。

目を何とか閉じさせようと思う。が、上から押さえても、すぐにじんわりと開いてしまう。

そのうち全然、空気を求める音もしなくなった。体のどこもぴくりとも動かなくなった。体はほんのり温かいので、なんか実感湧かないや。

静かに最後を迎えたみたいだ。生と死の境目というか、途切れ目がわからない。

体はくにゃくにゃで柔らかい。大きなマシュマロの棒みたいだ。適当な弾力があるのに、それ自身には力というか芯がなくて支えを放すと、くにゃりとしなだれる。

すこし陰部から分泌物があった。

目を閉じさせようとしてもすぐに開いてしまう。口はつぐんでいる。お腹は氷枕みたいだ。ペコンペコン、タプンタプン。亡くなったのは19時30分くらいかな。

ちぎったティッシュをたくさんケージに敷いてクッション代わりにし、その谷間にチンクをちょこんと座らせた。お線香も、まだ残っていたので何本か立てた。閉め切った部屋の中に噎せる香り。眠る前に、また新しい線香を何本か継いだ。ケージの蓋の上に、タオルでくるんだアイスノンを乗せた。

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