minisukename ミニミニ
95年5月頃〜97年11月8日 茶色に白の帯・黒目


クは、95年の初夏、東京都世田谷区の某所で生まれました。

とてもたくさんのヒトの住んでいた所でした。お父さんはどんなヒトかわかりません。お母さんは、ボクと5人のおねいさん・おにいさんを産んで一生懸命お世話をしている途中に死んでしまいました。それからどうなったかはよく覚えていないのですが、気がついたらボクと、おにいさん一人が生き残っていました。

それからボクと、おにいさんと、その頃一緒に住んでいたお年寄りの皆さんと共に、自動車に乗って杉並区のフシミ家にやって来ました。



minisuke

ニンゲンのシャツのポケットに入ったところ

じ頃生まれた皆さん(ボクのお嫁さんモジモジさんの父親であるタマオさんと、そのきょうだい)に比べてずいぶん痩せていて、毛もポサポサなので、きっと長生きしないだろうと思われていました。

だから最初のうちは、あまりチヤホヤされずに過ごしました。名前もテキトウに「ヨシオ」とかなんとか、付けられていたようです。しかしこれが、後の「オレ節」なライフスタイルの確立に貢献したのだと思います。

一緒に引っ越してきたおにいさんは、またよそにもらわれていき、お年寄りたちは次々と亡くなっていきました。その度に、玄関脇の「ナカヨシせめたりー」に埋められました。
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寝ながら食事はジョーシキ

つまでたっても大きくならないのでとうとう「ミニミニ」という名前に改名させられました。といっても140グラムくらいはありました。まわりの皆さんが、特に大きかっただけなのです。

ボクの大好きな遊びは、うんていとビニールワイヤーでできたトンネルくぐりです。他にも、いかに狭い所に体をよじり入れて出られるかを試したり、何日で巣箱の底に穴を開けられるか挑戦したりしました。

寝る場所も「オレ流」に決めていきました。誰も見ていないうちに布団やため込んだ食べ物を好きな場所に移動するのはあたりまえです。より「オレ」らしい場所を求めて脱走や、新天地の開拓のための畳掘りも積極的に行いました。
んなボクはのびのびと成長し、8人の子宝に恵まれました。その次の世代がまた子どもを作り、このSITE MINIMINIで元気に活躍しています。

今のボクは、たくさんのご先祖さまと一緒に「ナカヨシせめたりー」で、肥料のお仕事をしています。「ナカヨシせめたりー」の周りは、ボク達の働きで草がとてもよく茂っています。これは「ワタシタチノコトワスレナイデネ」というお願いのこもった草です。

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